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 洗濯物を取り込んで、少し落ちかけたオレンジの陽の光が差し込むリビングで寛いでいると、不動が台所で冷蔵庫を覗いてから、買い物に行く、とだけ言って財布だけポケットにつっこんで玄関に向かった。そういうところは相変わらずだな、と思いながら、俺は台所からエコバッグを取って不動に続いて玄関に向かう。
 
 「何、風丸クンも行く?」
 「ああ、天気もいいし、散歩がてらにな」
 
 それに対して、ふーん、と何とも思ってないような返事をする不動が、実は少しだけ嬉しいと思ってることを知っている俺は、思わず笑ってしまいそうになる。それに気づいた不動が、何だよ、と不機嫌そうな顔でこっちを見るのが面白くて、今度こそ笑ってしまった。
 
「人の顔見て笑うなんてサイテーだな」
「はは、悪い。お前も素直になったよなぁって思ってさ」

 昔はもっと尖って、近寄る人間は遠ざけて、そうやって誰も傍に置こうとしなかったコイツが、こんなにわかりやすく感情を表すようになったのはきっといいことなんだと思う。
 まあ、まだ表現の仕方は不器用だけど。
 
「まあ、あのキャプテンのチームにいたら誰だって丸くもなるだろ」
「そうだな」

 ぶつかり合いも多かったけど、最終的にはみんなをひとつにしてしまう。円堂は本当に凄い奴だ。あいつのおかげで、絶対に合わないだろうと思っていた不動と、今ではこうして共同生活を送れるぐらいには打ち解けた。
 
「今日の夕飯、何にするんだ?」
「んー……、アボカドのパスタ」
「……お前って結構洒落た料理作るよな」

 髪の毛は伸ばし放題で手グシで整えるだけで、面倒なことは嫌いそうな見た目とは裏腹に、料理は不動の方が得意だ。俺も苦手ではないけど、簡単で大雑把なものぐらいしか作れない。
 
「意外と作ってみたらハマるもんなんだよ」
「へぇ、じゃあ今度俺も教えてくれよ」
「……気が向いたらな」

 こいつの『気が向いたら』は、必ず教えてくれる気でいるときの返事だって、もう俺はわかっていた。素直じゃないようでいて、実は凄くわかりやすい人間だということを、一緒に生活する中ですっかり理解してしまったなぁと思う。それほど長く、一緒に暮らしているわけではないけど。
 
「お、飛行機雲」

 不意に不動が立ち止まって、空を見上げた。
 何かを懐かしむように、口元を少し緩めたその表情は綺麗だ。
 
 きっと俺達がこの先ずっと、お互い傍に居続けることができるという確信はない。気持ちの変化なんて、人間であればいつ起こるかわからない。
 特に不動は、誰にも言わずにどこかへ行ってしまう可能性の方が高い。サッカーの戦略も、チーム全体を見る目も、自分自身の未来に対しての考えと行動も、いつだってこいつは俺の先を行っている。きっと、生きている間はいつだって、不動は誰よりも先を行こうとするやつだ。
 
 生きている中で、こうして隣で歩ける日々は、あとどれぐらいあるんだろう。そんなことを考えながら、俺も不動と並んで空を見上げる。
 
「なんか、円堂のバンダナみたいな色だな」
「あー……誰かに似てんなって思ってたけど、それだ」

 キャプテンってあの色似合うよなぁ、と言って不動はまた歩き出す。なんでもないことを話せる、この時間はどれぐらいあるのかなんて、きっと死ぬまで計算なんてできやしない。
 だから、今はこの穏やかな時間に幸せを感じる、それだけでいいのかもしれない。
 自分の頭の中にぼんやり浮かんでいた問いにそんな答えを出して、俺も不動の隣に並んだ。
 
「そういえば、アボカドって今日安売りしてるところあったか?」
「あのコンビニから少し歩いて曲がったとこのスーパー。ちょうど着くころから夕市で安くなってるぜ」
「……不動って主夫っぽいよな」
「節制上手って言って欲しいね」

 学校帰りの学生で賑わいだした道を、夕焼けに見守られながらくだらない会話をしながら歩く。
 
 ああ、穏やかで、幸せだなぁ。
 
 
 
 
 
 ―――――
 初の不風です。
 というか不風不なんじゃないかこれ。

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