「あれ?君は確か……」
十代さんの家に向かう道中、見覚えのある人物に話しかけられた。
「ヨハンさん」
「十代の後輩の、遊矢だったか?今から十代の家にいくのか?」
「あ、えーっと……そんなところです」
といっても、約束したわけでもなく、ただ会いたくて気がついたら足が動いていただけだ。
それを言ったら笑われそうだから、言わないけど。
それにしても、好きな人の好きであろう人に話しかけられるって、なんか複雑だ。
「なあ、十代の家に行くのって急ぎか?」
「あ、いえ……特に急ぎではないです」
そもそもあの人が今の時間、家にいるかなんてわからない。
「少し腹減ってるんだけどさ、男ひとりで喫茶店入るのもなんかなーと思ってたんだ」
「はあ……」
俺を誘ったところで男2人になるだけで、余計目立つんじゃないかと思うけど。
そうは言っても自分も少しお腹が空いている。
ここは少し、好意に甘えてみようかな、と思い了承することにした。
ヨハンさん連れられてきた喫茶店は少しレトロな内装で、懐かしい雰囲気に包まれていた。
シックなカフェエプロンをつけたウェイトレスの人が注文を取りに来る。
「コーヒーとハムチーズサンドで。遊矢は何にする?」
「あ、えーっと……オレンジジュースとパンケーキで……」
「急に誘って悪いな」
「あ、いえ……!俺もちょっとお腹空いてたんで……!」
確かにびっくりはしたけれど、断る理由も特になかったわけで。
とはいえ、何を話していいかわからなくて自分からは話しかけられない。
あまり会話を弾ませられない俺に、ヨハンさんは昔の十代さんの話をしてくれた。
(羨ましい、なぁ……)
俺の知らない十代さん。
ヨハンさんだけが知ってる十代さん。
俺の方が出会うのが遅かったんだし、その差は仕方ないことではあるけど。
それでも、埋められないこの距離が、何度手を伸ばしても届かない距離が、もどかしくて、苦しい。
話しながら幸せそうにけらけらと目の前で笑う人を、だんだん睨みつけたい衝動が沸き上がってくる。
それをやったって余計笑われるだけだと思うからぐっとこらえた。
「ヨハンさんと十代さんって……」
「ん?」
「付き合ってた……んですよね」
仕返しではないけど、何も言わないのも癪なのでとりあえず聞いてみる。
「ああ、付き合ってたよ。いつの間にか……ダメになってたけどな」
過去を懐かしむように、壊れてしまった大事なものを懐かしむように。
優しく切ない表情をしてそう言った彼に、聞かなければよかったと、少し心がチクリと痛む。
「……キミは俺を羨ましいって思ったみたいだけど、俺はこれからの十代のそばにいられる、君の方が羨ましいよ」
そう言いながらコーヒーを飲み出すヨハンさんに、俺は口にする言葉を見失う。
違う、違うよヨハンさん。たぶん、今だってあの人は、貴方のことが。
そう言いたいのに、そう言えない、言わない自分がすごく醜いもののように思えてくる。
そんな俺を笑うように、オレンジジュースに浮かんだ氷が、ピキっと音を立てた。
fin
おまけ
玄関のベルが鳴って、誰だろうと思いながら扉を開けるとなにやら珍しい組み合わせが立っていた。
「なんでヨハンが遊矢といるんだよ」 「さっきそこであったから、つい」
見る限り、ヨハンの気まぐれにでも付き合わされたんだろう。
とりあえず時間的にも遊矢を送ってきてくれたことには感謝かな。
ヨハンは遊矢へ先に部屋に入るよう言って、持ってた荷物をあいつに渡した。
部屋に入るのを見計らってから、真剣な表情をする。
「お前、遊矢の気持ちわかってるんだろ?ならいい加減思わせぶりなことばっかしてないで、向き合ってやれよ」
久々に見るヨハンの真剣な顔に、返す言葉をどこかに落としてきたように何も言えなくなった。
「じゃ、それだけだ。ついでに遊矢と食材とか買ってきてあるから、自炊サボんなよ」
俺の返事も確認する気はないようで、本当にそれだけ言って帰っていく。
「それができたら、とっくにやってるっての。……馬鹿ヨハン」
あいつが去っていって誰もいなくなった玄関を見つめて、そうつぶやくのが俺の精いっぱいの抵抗だった。