春先とはいえ、まだ刺さるような寒さを残す時期。
しとしとと小雨も降り出して、冷え込むから早く眠ってしまおうと二人は布団に入り込んでいた。
「うひー、今日も寒いよなぁ」
「ああ、もうそろそろ気温が上がってくれてもいい頃なんだが」
まだ暖まらない布団の中で、お互いの手を絡めながらの雑談。
すっかり毎日の日課に組み込まれてしまったこの時間を遊星が過ごせるのは、遊馬のおかげであると彼は思っている。
大事な人を亡くしたあの日からしばらく、遊星はすっかり塞ぎこんでいた。そんな彼を叱咤し、時には寄り添い支えてくれた遊馬のことを大事に思っているし、愛しいとも思っている。
「ていうかさ、俺らもう付き合ってどれぐらいだっけ」
「……半年、ぐらいか」
「……なぁ遊星さん、ちゅーしようぜ」
「ぶっ………!」
愛しいと思ってはいるが、それとこれとは話が別で。
最近の遊馬は思春期なのか、遊星にこうやって口付けを求めることが増えているが、遊星としては中学生相手にこれ以上手を出してはいけないと考えていた。
付き合っていることですら犯罪である気がするのに、それ以上進むのは彼の保護者的な良心が痛むのだ。
「十代さんと遊矢はもうしたみたいだぜ?」
「……他所は他所、うちはうちだ」
ぷう、と頬を膨らませる遊馬を見ながらため息を吐く。まったくあの先輩は何をやらかしているんだろうか。なんて思いながら。
遊矢は遊馬より1つ年上とはいえ、彼もまた中学生である。
ある意味勇気があるというか、考えなしというか。
「やだー!俺も遊星さんとちゅーしたい!」
「せ、せめて高校生になってからだ」
「それじゃあと2年ぐらいあるじゃん!!」
嫌だ嫌だ、と駄々をこねる遊馬を宥めるために、遊星はその唇を額に寄せる。額ならまだ大丈夫だという考えからである。これもまた、最近毎晩見られる光景だった。
「……いっつもデコばっかじゃん。遊星さんの意気地無し……」
あんまりにも悲しそうな顔で、しかも意気地無しという言葉を言うものだから、遊星は一瞬動きを止めてしまう。
もしかしたら、遊馬の中でも多少の焦りがあるのかもしれない。
いくら亡くなった彼のことを受け入れてくれていても、恋人らしい行為に憧れる年頃の遊馬には、何もされないというのは少し酷に感じられたのだろうか。
「遊馬」
名前を呼んで、遊星の方へと向けられたその顔に手を添えて、ゆっくりと唇を重ねる。重ねるだけ。
自分自身にそう言い聞かせて、またゆっくりとその唇を離した。
「遊星さん、顔真っ赤だぜ」
「……仕方ないだろう」
遊星の顔の色を指摘する遊馬の頬もまた赤く染まっているが、余裕を残して嬉しそうに笑っている。
そんな遊馬の反応を見て、遊星は悔しいと思った。
「ちゅーしたら眠くなった」
「そうか」
「おやすみ遊星さん」
「おやすみ」
就寝の挨拶を済ませると、彼は数秒で寝息を立て始める。
穏やかなその寝顔を見ながら、この年下の少年に自分が叶うことは一生ないのかもしれないな、と遊星は思うのだった。